声優・小林裕介 インタビュー「人生を丁寧に描いてもらえるのは主人公ならでは」

数多くの作品で主人公を演じる実力派として活躍する、声優・小林裕介にインタビュー。
“主人公”への思い入れ、自身の哲学、メンタルを鍛えた経緯。彼のあり方は、どんな経験も積み重ねれば力になることを示してくれる。
Interview & Text:白峯アサコ(Mahio)
Photo:井上依子(YOL)
Hair & Make:松本江里子
Styling:吉田ナオキ
COSPLAYMODE 2021年5月号掲載記事
座右の銘は“失敗しても死にゃしない”
東京都出身。3月25日生まれ。
主な出演作は『Re:ゼロから始める異世界生活』ナツキ・スバル、『Dr.STONE』石神千空、『炎炎ノ消防隊』アーサー・ボイルなど。
X(旧Twitter):@yusuke032510
YouTube:https://youtube.com/@yusuke_kobayashi?si=T_EjjrcuI0Cwg7x9
―――まずはこれまでのキャリアについてお伺いします。小林さんは大学卒業後、一度社会人になられたとお聞きしました。
大学卒業後に就職して、会社員をやりながら専門学校に通い始めました。
当初は毎週日曜のクラスだったので休日に通えましたが、その後クラスが水曜日になり、群馬の職場を退勤してから都内の学校に通うのは難しく、一念発起して仕事を辞めて声優の道を進み始めました。
―――どんなきっかけで声優を目指すように?
高校生の時です。声優という職業を知った中学生の頃は、声優は特殊な訓練をした人しかなれないと思っていましたが、高校の時声優好きの友人に、声優養成所があることを教わって、学校案内などを調べはじめました。
しかし、両親からの反対を受け泣く泣く大学へ進学したんです。本当は大学と並行してこっそり通おうとしたんですが、せっかく大学に行ったならサークル活動は楽しんでみたいと思って。それで空手サークルに入ったんですよ。
―――大学の空手部ってかなりキツいイメージがありますが……
はい、活動は週2くらいでゆるいよと先輩に勧誘されて入部したら、週5で練習する本気の空手部で。
結局、授業と空手部とバイトでみっちりの大学4年間でした。演技の勉強はなにもできませんでしたが空手有段者にはなりました(笑)。
―――想定外の貴重な経験と資格を手に入れてしまった、と。鍛えられた身体は声優業でも役立ちそうです!
ライブや1日に何役もこなす仕事では体力が必要なので、活かせてるのかもしれないですが、一番鍛えられたのはメンタルです!
空手部の試合では、日々「今日こそ歯が折れるかも、鎖骨が折れるかも」と腹を括って臨んでいたので……本当にメンタルに来ました(笑)。
―――確かに、アフレコ現場では歯は折れませんからね(笑)。
声優業はなんて優しい世界なんだ、と思いました。どんなにキツいディレクションでも、空手部時代に比べたら……と思えます。
ですから、僕の座右の銘は「失敗しても死にゃしない」です。
勝負どころでの野性の勘のようなものはある
―――極限状態……! そんなキツい空手部を卒業までやり切れたのは真面目さゆえでしょうか。
真面目だから続いたというより、やっていくうちに面白さに気付き、試合に負けて悔しくて、もっと強くなりたい!と思うようになったからですね。
―――負けず嫌いな気質や根気は、芸事の世界でも必要なものですよね。
そうですね。声優はオーディションをして役を獲得していくものですが、僕は「オーディションは落ちるものだ」と考えています。
なので落ちても、よし次頑張ろう、とすぐ切り替えられる。これは空手経験の影響も強いですね。
―――勝負強さがあるのでしょうか。
勝負強さというか、勝負勘はありますね。空手以外にも剣道やバレーボール、試合競技をいろいろやってたので、勝負どころでの野性の勘のようなものはあります。
―――勝負勘、見極める力ですね。
勘と、そして度胸ですね。声優業でも例えばオーディションでその勘が冴える時があります。どの役のオーディションを受けるべきか考える時「よく演じる系統のこのキャラじゃなくて、あえてこちらのキャラの方が今回はイケる気がする」と。
―――受かる確率が高いものを選ばず、あえて挑戦するには度胸が必要ですね。それで実際に決まった役はありますか?
あります。まだデビューしたての時にテープでの審査で、キャラクターの指定はなかったんですが、僕が受けられそうな役は2役あったんです。
2役出すことも出来たんですが、マネージャーと相談してあえて第1希望のキャラのみ提出して結果を待ちました。
―――それは勝負に出ましたね! そして見事、役を射止めたと。
けっこうな勝負に出ましたよね。でも後々プロデューサーにその事を話したら「それは正しい判断だった」と言っていただけて。
その時は「自分、持ってるかもしれないな」ってちょっと思いました(笑)。
―――小林さんは主人公役を演じることが多いですが、その主人公たちもタイプが全然違いますよね。
そうですね。『Re:ゼロ』のスバルや『Dr.STONE』の千空は、当初は演技プランが本当に手探り状態でした。
千空は今まで演じたキャラの中で1、2位を争うくらいにキャラ作りを試行錯誤しました。実は千空は、オーディション時に古い原稿を練習していったというミスをしてしまって、初見の台詞をぶっつけ本番でやらなきゃいけなくなったんです。
そこで「細かく考えてもしょうがない、バーンといこう!」と腹を括ったら、その思い切りのよさが演技に入って千空役につながりました。
―――まさかのピンチがチャンスに!
千空というキャラは、どんなに危機的な状況でも「科学を楽しむ」ことを忘れないキャラ。
その楽しさをどのようなシーンでも盛り込んでいたことが、千空役に選ばれた理由だと、後日監督から聞かされました。
―――そのエピソード自体が少年漫画のようですね(笑)。
元々培っていたメンタルと、今まで積んできた役者としての経験値のおかげで起こせた奇跡でしたね。
―――演技に落とし込む時に試行錯誤する、とのことですが。
普段はシーンの流れに沿った感情で演じるのでそこまで悩みませんが、千空の決め台詞「唆るぜ これは!」だけはいくつものバリエーションを用意しました。
ワクワクしている時、ピンチで追い詰められている時、同じ台詞をあらゆる感情や状況下で使う台詞ですからね。
ひとつだけ選べと言われたら主人公がやりたい
―――専門学校や新人時代に苦労したことは?
苦労したこと、というか挫折です。専門学校在学中にインターンシップの形ではありましたが、洋画の吹き替えで一度プロデビューしたのですが、あまりにも演技ができなさすぎて、2本あった仕事の1本がなくなってしまったんです。
厳しい世界だと認識していたけど、実体験があまりにも早かったのでショックでした。ただ、それが当たり前だとも思いましたし、当時はもう会社も辞めて声優の道を進むと決めていたので、投げ出す気は全くなかったです。
専門学校での同期たちが僕のことを評価してくれていたことも、心強かったですね。
―――昔からアニメは好きでしたか?
もちろんアニメは好きでした。きっかけになった漫画は『らんま1/2』、衝撃を受けたアニメは『新世紀エヴァンゲリオン』です。
―――子供の頃、海外に住んでいたとのことですが。
親の仕事で5~6年海外に住んでいました。その時は、日本にいる祖母からアンパンマンやドラえもんなど子供向けアニメのビデオが送られてきていて、それを観てました。
日本に帰国してから初めていろんなアニメが放送されているのを知り「漫画やアニメってこんなにいっぱいあるのか!」と衝撃を受けてのめり込みました。
なかでもドラゴンボールや幽遊白書、必殺技を叫ぶ少年漫画が好きだったので、原点はやはりそこですね。
―――その時から、やはり主人公キャラが好きだったのですね。
ベジータや飛影のようなニヒルなキャラが好きな男子も多いですが、自分は悟空のような主人公が好きでした。特撮でも絶対レッドが好き。主人公が一番かっこいい、と刷り込まれてたんでしょうね(笑)。
―――実際に主人公キャラクターを多く演じられてますが、主人公へのこだわりはありますか?
声優として主人公を演じるようになって思ったのは「やはり物語は主人公を中心に回っている」です。
多くの作品で、作中で一番長い時間登場し、キャラの深部まで描かれるのが主人公。それを演じられることが声優としての大きなやりがいになってます。渚カヲルのように1話だけ登場して大きなインパクトを与えるキャラも魅力的ですが、ダメなところ、挫折や成長の様子も描かれる碇シンジのような主人公に魅力を感じます。
その人生を丁寧に描いてもらえるのは主人公ならではかと。もちろん悪役や三枚目、マスコットのようなキャラも演じたいと思ってますし、やりたいことはたくさんありますが、ひとつだけ選べと言われたらやはり主人公がやりたい。
―――今まで演じたキャラで印象に残っているのは?
苦労した点で印象が強いのは『Re:ゼロ』のスバルです。このキャラを見て最初に思ったことは、視聴者の方に受け入れられるのか、でした。
これはヘイトを集めてしまうキャラなのではないか、演じるなら批判されることも覚悟しなきゃ、とオーディション前の段階で思いましたね。
―――それほどの覚悟が……!
ですが、台本や原作を読み進めるうちに「これは思った以上にヤバい作品だ、やれば絶対面白い」って気づきました。
スバルのセリフも喜怒哀楽全てが天元突破してる(笑)。オーディション用のデモテープの段階で役を作り込んで、実際のスタジオでも酸欠で倒れそうになる勢いで臨みました。
―――それほどにエネルギーを使うキャラなんですね……
いざ役が決まった時に監督からは「そこはかとなく漂うゲスさが配役の決め手になった」と言われました(笑)。
実はそう評されたのは初めてでした。今まで、性根が真っ直ぐで綺麗なキャラを演じることが多かったので、自分の芝居にそういう要素があるんだ、一歩成長できたと思えました。声質的に綺麗な芝居をする人だと思われていたので、それをぶち壊すいい機会だ、と。
その結果、喉を壊して地声がちょっと低くなりましたが(笑)。
―――スバルを演じることでそんな影響が出ていたとは……
スバルは、毎回新しい発見や衝撃があります。こんなキャラはまだ他にはいないかもしれません。
―――小林さんは、キャラクター分析を冷静に行って芝居をしている印象があります。
スバルのように、シーンによっては芝居に入り込んでいるのか、自分でもアフレコ中のことをよく覚えていない時があるので、その瞬間はキャラが憑依してるのかも。
ですが、基本的には台詞ひとつひとつの意味を考えてシーンに合うように当て込みます。千空の言葉を借りるなら「トライアンドエラーの繰り返し」です。エラーを恐れない、エラーは間違いではない。恐れる気持ちもわかりますけどね。
―――多くの人が、失敗を恐れてしまいがちですよね。
アフレコ現場はチームでのものづくりですから、試行錯誤してみてダメなときは音響監督さんがダメ出ししてくれます。
ダメ出しというのは、より良くするためのディスカッションです。ダメ出しを怖がる必要はないです。
自分だけのキャラクターが、体の中にいる
―――演技のスタイルが確立しているように思えますが、現状で悩みや課題ってありますか?
いっぱいありますよ! 現状の自分に足りないものがどんどん見えてきてます。技術的なことや、足りていたと思っていたフィジカル面も年齢が上がってきて滑舌が甘くなってきたこととか。
今改めて、初歩的なことを見つめ直してますが、解のない悩みではなく、頑張れば乗り越えられる気持ちの良い悩みですね。
―――そんな小林さんが、声優をやっていて良かったなと感じることはなんでしょう?
自分だけのキャラクターが、体の中にいることです。
ある作品の原作者の方が「自分は作品の全てのキャラが好きだし、全てを平等に考えるが、声優さんはその人が演じるキャラに全神経を注いでいるので、そのキャラの一番の理解者だと思う」と言ってくださった時は、たまらなく嬉しかったです。
―――自分の中にキャラクターが存在している感覚があるんですね。
そして、自分の中にいるキャラが認識してもらえるのは、アニメを観る視聴者のみなさんがいるからです。
人に見てもらって初めて、自分とキャラとの明確なつながりを感じられること、これは声優や俳優の仕事だからこそ感じられるつながりだなと思います。
―――観る人がいて初めて自分とキャラがつながる、と。確かにその通りですね。声優以外で今後やってみたいこと、夢はありますか?
趣味的なものでもいいですか? 宇宙に行ってみたいです。
―――飛びましたね、宇宙だけに。
昔から宇宙には関心がありまして。今、行こうと思えば一般人でも行けるじゃないですか。
―――費用はさておき、物理的には可能ですね。
そう、行けるし行きたい。できれば、原作漫画で石神千空が宇宙に行くより先に宇宙に行きたいです(笑)。
宇宙飛行士になれないかと色々調べましたが、理系の専門職に3年以上勤続した経歴が必要で、2年半で辞めた僕は条件的に難しいようです(笑)。
なので民間人として行きたい。宇宙滞在時間は本当に短いみたいですが、それでもいいから行きたいです。クラウドファインディングでもするかな……
―――「小林裕介さんを宇宙に飛ばそう!」企画ですか! 宇宙で「唆るぜ これは!」とか言ってほしいです。
それはもうぜひ言いたい(笑)。宇宙には生きて元気なうちに行ってみたい、と最近はそれをモチベーションにしてます。
ですので、声優の仕事としてもプラネタリウムのナレーションはやりたいです。もしこの記事を読んでいる方にプラネタリウム関係の方がいらしたら、ぜひお願いします!
―――夢に向かって進む読者に向けて、メッセージやアドバイスをお願いします。
最近のコスプレイヤーさんの中には、作品の公式コスプレイヤーになる方もいますよね。一昔前では考えられなかったことです。今の時代は、好きを突き詰めていくと何かが起せる、ひょんなきっかけで夢が実現できるのだと思います。
例えば、料理が好きで料理動画を上げていたら話題になり、そこから声の仕事に繋がる、なんてこともあるかもしれません。仕事でも趣味でも、限界まで突き詰めていく貪欲さは大事です。
僕の空手のように、何かを突き詰めてがんばった経験は他にも活かせるし、自分を支えてくれます。夢は広がるので、がむしゃらにがんばってみてほしいです!
―――トライアンドエラー、そして突き詰める貪欲さ。夢に向かっていく上でどれも必要なことかもしれません。貴重なお話をありがとうございました!


